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2025

    ビジネスは「周りの力=縁」

    ビジネスは「周りの力=縁」

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    元バイクレーサーが、ケータイショップから学童保育型英会話スクール、飲食業まで…。東京都足立区竹ノ塚を拠点に、さまざまなビジネスを展開するP-UP WORLDの創業者・中込正典(なかごめ・まさのり)代表取締役社長。もともとはプロのバイクレーサーを目指していたが、レースでの負傷をきっかけにギアチェンジし、ビジネス界で100年続く企業をつくるという新たな夢へ向かって走り出してきた。最初に手がけたのは携帯電話ショップ。スタートは好調だったものの、思わぬ落とし穴に陥り逆境に立たされる。しかし中込社長は、「この逆境こそがバネになった」と振り返る。

    プロレーサーの夢は後進に託して応援し、創業へ

    バイクがお好きだと聞きました

    10代から、プロを目指してやっていました。ところが22歳頃のレースでケガをして、バイクも大破しました。新しいバイクを買わないといけなくなったのですが、身体的にも経済的にも続けることが難しかったので、そこでピッタリ辞めました。それ以降、お金を稼がないと何もできないということが分かったので、ビジネスの世界に入りました。しかし、自分では叶わなかった夢を応援できればとレーサーの育成支援を始め、3年目で世界チャンピオンを輩出するに至りました。

    最初の事業は、携帯電話のショップの経営だったそうですね?

    私はもともと、ガソリンスタンドの従業員教育やセールスプロモーションの業務に従事しており、全国で50店舗ほどを見ていましたが、創業する前の1995年(平成7年)ぐらいに、日本でもガソリンスタンドがセルフ化するという話が持ち上がってきました。スタンドにお客さまが来て、勝手にガソリンを入れて…となり、接客に関連する、私がやってきた仕事はどんどんなくなるなと予想できました。

    当時すでにセルフのガソリンスタンドが普及していたアメリカにも視察に行き、いよいよ厳しくなるだろうと思い、ならばどうするか模索している時期、携帯電話に興味を持ちました。ちょうどその頃、携帯ショップが出始めていて、駅前で机を出して「携帯電話無料ですよ」という呼び込みをやっているような時代でした。私からみたら雑な接客に見えたのですが、若い人たちが続々契約している。これならば勝てると思って、携帯ショップをスタートさせました。初めは10坪の店で1人でのスタートでしましたが、1ヶ月くらいで月商500万円まで成長させることができました。初めはドコモだけの扱いでしたが、そう経たずに全キャリアを扱うようになったことも大きかったです。

    倒産という逆境から、人とのご縁で再興し誕生した「テルル」

    いわゆる併売店(複数のキャリアを一店舗で扱う“街の携帯ショップ”)ですね?

    はい、併売店として大変好調に売上を伸ばしていったのですが、当時教えてくれる人もおらず、知らず業界の特殊なルールに抵触してしまい、ある時一部キャリアが出荷停止になってしまいました。それで一度倒産せざるを得ませんでした。休業期間1ヶ月くらいで会社を建て直して「テルル」という屋号で新たなスタートを切りました。テルルというのは元素記号(Te)のことで、原子番号52番。店舗を52店舗以上作るぞという思いで付けた名前でした。翌年、会社名も正式に「株式会社ピーアップ」としました。この時期、大変な逆境に立たされていたわけですが、負けてたまるかという気持ちがバネになったと実感しています。

    一度倒産し、取引停止となった所からの再興は容易くはなかったのではないでしょうか?

    まず自分がやってみるタイプのため、会社の運営の仕方も自分の手を動かし学びましたし、再度会社を興すことはできました。当時は一度出荷停止になるとキャリアの取り扱いを復活させることはまず不可能だったのですが、地元で支援してくださる方たちがいたおかげで実現でき、今もその方とのご縁は続いています。この逆境を乗り越えたことで、人とのご縁、つながりの大切さを知ることができたのは、とても大きな出来事でした。 また、拡大期に当時のフランチャイズ店舗の半数程に飛ばれて、その際も倒産しかけたのですが、妻が貯金をしてくれていたおかげで乗り切ることができ、この時も周りに助けられました。

    事業の前に社員がいる、人が活きる組織づくり

    新規事業をするときには「今の人材から事業を考える」のか、「新規事業を立ち上げてから人材を集める」のか、どのように考えられているのでしょうか?

    圧倒的に前者で、「社員や周囲の方々のために事業を考える」タイプです。「この人をもっと生かすためには、どうしたらベストなのか?」、適材適所に当てはめていくことが、経営において一番だと考えています。 誰しも会社や上司、周囲の人間から「期待している」と言葉をかけられたら、「頑張って挑戦しよう」という気になるものです。去年(2024年)の8月に不動産事業も取り扱うこととなり、その際、社内から適任者2人を選びました。2人は店舗開発という事業をやってきたのですが、売買の方が収益も大きいので、本人たちにとってもインセンティブが大きくなります。2人ともプロパーで、入社してからもコツコツと約20年間やっていた人間でした。

    私は「人へのこだわりは、ブレちゃいけない」、会社で教育して、成長させなきゃいけないと考え、今は人材に思い切って投資をしております。 いくらすごい業績があっても、業績は事業領域や環境で変わってしまうものであるため、「信用できる人間だから」「愛社精神があるから」…そういう人間を応援し抜擢しています。

    新たな夢、自社開発のサービスをもって、100年続く企業へ

    今では飲食業や学童保育型のスクール事業も展開されていますね?

    人間が「食べ物を食べる」という行為は、100年経ってもなくなるわけがありません。100年続く企業を目指しており、その時も確実に残っていく事業だと思って取り組んでいます。だからといって焦って一気に拡大するのではなく、確実に少しずつ成長させていくことができれば、何十年もかけて上を目指せるわけです。

    スクール事業も同じだと考えていますが、特に人の為になることであり、また、サービス業が多く家族も休めていなかったので、ホワイトカラー業態の事業というのも理由の一つでした。 他にも、代理店事業だけではなく、自分たちのサービスや商品を自ら考え作るということもやりたくて、自社開発携帯電話の発売も始めています。

    息子たちへ「近くて遠いところから、背中を見せたい」

    息子さんが3人いらっしゃると聞いています。「100年企業」を目指し継承していくために、どういった教えを?

    長男は現在30歳で一緒に働いており、会社が創業30年を迎える再来年、つまり長男が32歳になる時には、「社長にする」と言ってあります。これは、本人にも役員にも周りの人にも、すべての方々に言っていて、就任早々に、周囲から「社長、マズいですよ」と言われないように、今から覚悟を持たせようと考えています。また、近くて遠いところから背中を見せたいと考え、私の心をよく理解している役員のもとに置いて間接的に伝えており、特に直接指導をしたり、相談も受けたりもしていません。次男も三男も、いずれはグループ内の違う会社の経営を任せることができるように、いろいろと考えています。

    皆さん、いろんな夢をお持ちだと思います。でも、目の前の仕事とか生活に追われて、その夢を実現できる人は本当に一握りです。その一握りの夢をビジネスとすることができ、しかも20年以上続けられた。やはり、「周りの力=縁」があってこそだと思います。 ガソリンの仕事もバイクからの「縁」ですし、携帯事業も「縁」で続いてきました。飲食や教育も同じです。今後もいくつか事業を進めていくヴィジョンがありますが、すべては「縁」から始まると思っています。この先も、その「縁」を大切にしていきたいと思っています。

    #ピーアップ#トップインタビュー

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